カメはクラゲを食べる

ライブハウスで見かけた少年のことをずっと忘れられないでいる。

数年前、大好きなバンドのワンマンライブを見に行ったときのことだ。

オープニングアクトはなんだかよくわからない英詞で歌う地元のバンドだった。演奏が終わり舞台を降りたボーカルは、外国人の恋人のもとへ急ぎ足で向かい、抱きつくようにしなだれかかる。
気持ち悪くなり、灰皿のあるバーカウンターへ移動し煙草に逃げる。聞こえてくるのはちょうど流行り始めた頃だったInstagramの話、Twitterの話、探り合う男女。
ああ、私の嫌いなライブハウスだ。

そんなことを考えているとき、場に似つかわしくない、15、6歳の少年が目に留まった。
照明もほとんど落ちていたので容姿についてはあまり記憶にないが、それでも怯えているような雰囲気を感じ取れた。
どうしてここへ来たのだろう、よほどこのバンドが好きなのだろうかなどと考えていたが、じきに事情が見えてきた。
彼のもとへ中年の男性が歩み寄り話しかける。どうやらこの男性に連れられてきたらしい。少年の親族だろうか、50歳前後で、なんだか洒落た装いをしていた。
「どんな感じ?すこし音が大きいかな、じきに慣れるよ」
快活に話しかける男性に対し、少年はなにも返さずうつむいているようだった。男性は少年のもとを離れ、馴染みであろう周囲の客と話し始める。

場の雰囲気へ怯える様が昔の私を見ているようだったから、なんとなく、この少年は普段引きこもりがちなんじゃないかと思った。
少年が大好きな音楽を聴くために、勇気を出して男性を頼ったのだろうか。もしかすると曲を聞いたこともないのに、少年に外出する機会を与えるために男性が誘ったのかもしれない。
背景についてあれこれ想像を巡らせる。転換は10分程度のものだったが、時間が経つにつれ少年はうつむくというよりうなだれるような様になっていく。この場における少年唯一の拠り所である男性は知人との会話に夢中だ。まずいと思った。

メインのバンドが1曲目を鳴らし始める。
やさしい音楽が始まって少しして、少年はそっとライブハウスの防音扉を開け、早足で抜け出していった。
ああ、やっぱり耐えられなかったんだ。そりゃそうだろうと思った。
数曲が終わった頃、中年男性はようやく少年の姿が見えないことに気づき、慌てた様子で出ていった。
繁華街のど真ん中で、少年はどんなことを考えているだろう。彼は男性と何を話すのだろうか。

ライブは素晴らしかった。好きなバンドの鳴らす音楽は、優しく鮮やかでひんやりとしていた。
少年のことを気にしていた私も、じきに音楽に身を任せることができた。
ライブも終盤、外国人がスマートフォンを高々と掲げ舞台を録画し始める。後方のバーカウンターではバカみたいな男女の、演奏に負けないくらいの笑い声。
少年のことをぼんやりと考える。今ここで鳴っている音楽は私を救うが、彼の感情を救うことはなかった。
いつか音楽が彼を救うとして、彼を救うその音を知りたいと思った。

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虚勢を張りながら必死で生きている人のことを美しく思う。
海を漂うぶよぶよした半透明の塊はたどり着いた浜辺でゴミにまみれる。プラスチック片を腹の中にためるクジラ。カメの血。